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ラーメンはときめき

味わう外食のだいご味


柴田一成さん一家
ラーメン店を巡る茨城県の柴田一成さん(右)一家。注文はたいてい3杯。長女皐(さつき)ちゃん(左から2番目)と次女の桃ちゃん(左)は半分こだ=東京都大田区で

週末は、家族で食べ歩き。なぜ行列してまで。

 北海道旭川市、ゴールデンウイーク終盤の5月5日午前9時。

 茨城県ひたちなか市に住む自営業柴田一成さん(43)は家族とともに、開店直後の有名ラーメン店に飛び込んだ。

 「塩としょうゆとみそ、1つずつね」。この日の朝ご飯。妻と2人の子どもとカウンターに座り、運ばれたラーメンを少しずつ食べ回し、味を楽しむ。

 「はるばる来たかいがあったなあ」

 顔がほころぶ。連休を利用した5日間の北海道家族旅行。観光地にも寄るが、最大の目的はラーメン店巡り。7軒を制覇した。

 家族で本格的に食べ歩きを始めたのは5年ほど前からだ。旅行もラーメンなら、休日もラーメン。月に2度はマイカーで東京へ出かけ、店をめぐる。すでに都内の店だけで100店を制覇した。行列も苦にならない。

 学生時代からのラーメン好き。妻の庸子さん(38)は「結婚前も、東京まで行って、デートはラーメン店。げんなりした」。そんな庸子さんも今ではすっかりはまった。

 家族を連れていく前に、柴田さんは必ず一人で味を確かめる。「この味なら」と眼鏡にかなった店にだけ連れていく。そんな気持ちが庸子さんにはうれしい。2人の子どもも、食べ歩きが楽しみだ。

 そこまではまるのはなぜか。「だって、外食でこんなときめく食べ物はないじゃないですか」。目を輝かせる。

 史上空前のラーメンブーム。ブームはブームを呼び、雑誌、テレビ、インターネットで膨大な情報が提供され、人気店の行列は当たり前の光景になった。

 その主役も変わりつつある。かつては男だけだったのが、今や、1時間の待ち時間をもいとわず、家族連れやカップルが並ぶ。新横浜ラーメン博物館の広報担当で自らも食べ歩きをする武内伸さんは「メディアで頻繁に取り上げたこともあり、後ろめたさがなくなった。テーブル席を設けるなど、店も家族客を意識している」という。

 昭和40年代の札幌ラーメン人気に始まるブームは、豚骨ブーム、和歌山、徳島など地域に注目した「ご当地」へと移り変わってきた。そして今。「ご当人ラーメンの時代」という。既存の形にとらわれず、店主がめんやスープに独自の個性を出したラーメン店だ。

 柴田さんは平日はいつも、家族そろって食卓を囲む。「せめて、休日は外食を」と思うが、ファミリーレストランなどチェーン店には、足が向かない。

 子ども時代を過ごした昭和30年代はまだ、チェーン店化した飲食店はわずかだった。たまの日曜日、家族で行くデパートの大食堂は、まさに「ときめき」だった。「おふくろの味」とは、別の世界があった。

 パスタ、ステーキ、天丼、果ては定食ものまで。いま、ほとんどの外食がチェーン店で手ごろに味わえるようになった。一方で、家庭用の加工食品は、どんどん「プロの味」に近づいている。家の内と外。柴田さん夫婦には、味の境界がぼやけたように見える。

 「普通の『外食』レベルの味は家庭でも楽しめる。チェーン店は大きなはずれはないけど、ときめきもない」

 「一店一味」を楽しめるようになったラーメン。家庭ではできない自家製めんに、こだわりのスープ。それを700円程度で楽しめる。

 あの外食のあのときめき。ラーメンはそれを感じさせてくれる。

 「おいしかったね。いっぱい食べたよ。おなかが壊れちゃうよ」

 横浜市に住む会社員込山一昭さん(34)は、長男の智昭君(6)のこんな言葉が忘れられない。

 一昨年秋、2人の子どもが外食に連れていける年頃になり、久々に入ったラーメン店。コクのあるスープに喜び、帰途の車の中でもらした一言が耳に入った。以来、ほぼ毎週末、ラーメンの食べ歩きを続ける。

 仕事が忙しく、平日は子どもの寝顔を見るぐらいしかできない。家でゆっくりするのが好きだった込山さんは、少し変わった。

 インターネットを駆使して、目当てのラーメン店を決める。次は道路地図を開き、近くの公園をチェックして出発。野球をしたりして1、2時間たっぷり遊んでから、店へ。貴重なひとときだ。

 妻の昭子さん(32)は「公園では私よりお父さんと遊びたがる。食べ歩きを続けようと思わないが、父子のこんな関係はずっと続いてほしい」と思う。

 ある夜、どうしてもラーメンが食べたくなり、一人でなじみの店に出かけたことがある。車を運転する時間が長く感じ、後悔した。「家族一緒がいい。車の中でわいわいしながら行くなら、遠いお店でも苦にはならない」

 家族がいる。そして新たな味との出合い。ブームに後押しされて、見つけたものがある。だから、食べるのは楽しい。

(06/27)
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朝日新聞全国版 2002/06/26 掲載